老害ブログ ~BBAもあるよ~

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「生活のために仕事をしている」としか思わせられないマネジメントって糞じゃね?

「なんのために仕事してますかー?」と訊かれて「生活のため」と答える人がいます。僕はあくまでも老害とBBAに厳しく、多くの社員はその犠牲下にあると思っているので、別にそれでいいと思っています。とはいえそんなに幸せな考え方じゃないので問題だと思ってます。

 

これってマネジメントの方に問題があるんじゃないでしょうか?僕は自分に最適な環境が与えられた時には、勝手に色々な事を試し、成果になったりその時成果にならなくても知識が得られたり、後日成果として現れたりという事を経験して毎日を大変楽しく過ごしていました。

 

生活のためにこれをしているというよりも、会社のリソースを使って楽しいことをしていると思っていました。この時に「なんのために仕事してますかー?」と訊かれたら僕は「**って客がさぁ!こういう風に困ってるからこうしようとしてるんだ」みたいな個別の事案をあげていたと思います。

 

実際のところ僕に提供された環境はほぼ放任でしたが、細かく指図されることを嫌う僕には合っていたので結果オーライでした。故にこれはマネジメントの成功例では無いのですが、生活のため以外にも仕事はなりうると思えた経験ではあります。

 

で、世の中のマネジメント層は「生活のために仕事をしている」以上の仕事の意義を提供する義務があると僕は思うわけです。別に宗教的愛社精神を持たせろとか、仕事と生きがいを直結させろとまでは要求しないですが、仕事に楽しみを見いだせるような環境・視点提供・エンゲージメントの引き出し努力ぐらいはやっても良いんじゃないの?と思っています。

 

だって「生活のために仕事をしている」ってどう考えてもマネジメントが何かした結果生まれた言葉じゃなくって、働く人が自分自身に言い聞かせてるだけの言葉じゃん。ってことは「生活のために仕事をしている」って言う人のマネージャーはそういう事一切してないって事だと思うよ。そら適正の問題とかはあるにしてもさ。

 

むしろ「生活のために仕事をしている」という言葉を何度も何度も自分に言い聞かせて必死に耐えている社員に、さらなるいらぬ負荷をかけている老害が多いのが現状じゃないかしら。本当はそういう老害こそいなくなればいいのに。解雇規制は50歳以上に対してのみ規制緩和したらいいんじゃないかな?